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久留米市 「日輪寺」

境内のお堂の裏には…

筑後三十三観音霊場 第十九番札所の日輪寺は
JR久留米駅水天宮口(西口)から
徒歩三分位の所にあります。
近くには、坂本繁二郎氏の生家や
以前紹介した全国総本宮 水天宮もあり
とても静かで散策には最適のコースだと思います。

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真直ぐな路地の先に山門が見えてきました。
「臨済宗妙心寺派 海東山 日輪寺」

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筑後三十三観音霊場 第十九番札所です。
振り返れば

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JR久留米駅

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この山門は久留米城二の丸の乾門(二の門)を移築したものだそうです。
日輪寺も元は久留米城二の丸にあったものを
有馬豊氏入国の際にこちらへ移転建立されたものだそうです。

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久留米城には当時の建造物は残っていないので貴重ですね。

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山門をくぐると
達磨像がむかえてくれます。
ちょっと驚きましたが
愛嬌のあるお顔ですね。

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石仏の多い境内では
近くに家があった洋画家の坂本繁二郎氏。
少年時代の遊び場だったそうです。

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境内のこんもりとした部分にお堂があるようです。

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急な石段を上りきると

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手水舎といわれのありそうな岩

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石仏多いですね。

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お参りをすませて
裏へまわると

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こんもりとしていた部分は古墳だったのですね。
古墳の上部にお堂が建っていたのですね。
近くに安徳天皇を祀る水天宮もあり
安徳天皇の陵墓ではないかとの噂もありますが
久留米城からの移築であることから違うのでしょうね。
中へ入ることができます。

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石室を見る事ができるのですが
暗くて石障に刻まれた文様は分かりませんでした。
置いてあった資料によると

日輪寺古墳石室実測図


このように模様が刻まれているようです。

日輪寺古墳
所在地 久留米市京町279-1
指定種別 国指定史跡 対象11年3月8日
墳丘・主体部 前方後円墳50m 横穴式石室
装飾 石障 線刻・彩色(赤)

 筑後川左岸の小台地上に築造されたこの古墳は、南北を軸とする前方後円墳で全長約50mにおよんだと考えられるが、前方部を削られて現在では一見円墳かと思われる墳丘を残している。現在の墳丘はほぼ後円部のみで直径約22m、高さ約4mあり、南側に前方部の一部を残し西側のくびれ部はよく原型をとどめている。墳丘上は石室天井よりも低く削平されて墳形は一変してしまっており、聖観音を祀る小堂とその背後に石室保護施設が建っている。
 石室はほとんど原型をとどめない。明治45年3月に発掘調査が行われたが、その時には既に墳形もかわり、石室は天井石・側壁の大部分・羡道などを失っていたという。
 壁面は板状の石を平積みにして、おそらく、上部をだんだんせり出させて天井を床より狭くして天井石で押さえる持送りの構造をとっていたと考えられるが、原状を示しているのは右壁(南側)の下半分のみなので推測の域を出ない。出入り口は西側に開き、羡道は幅約0.75m、長さは2mほどあったと推定されている。
 石室の中には、被葬者を安置する場所を囲った石障(囲み石)が側壁に沿って置かれている。この石障の上には赤色に染めた楕円形の礫石が多数発見され、床面に敷いた平石の間にも同様の小石がつめられていたという。石障は長さ2m、幅1.7m、高さ0.5mあり、阿蘇溶結凝灰石と呼ばれる灰色の軟石を厚さ0.2mの板状に切り出して、切込みをつけ、四枚を組み合わせて形成されている。ただ前壁側の1枚は右側半分を残すのみで、入り口の部分は発掘当時欠失していた。石障の内側には、奥壁と左右領壁の上半に鍵手文と同心円文を交互に配置した装飾が施されている。刻線は細いが深く、文様にはやや浮彫りの感がある。鍵手文は直線3本ないし5本組合せた本格的な表現であるが、コンパスを用いて図割りされた同心円文には、熊本市千金甲1号墳に見られるものほどの立体感はない。
 文様面にはいまでも僅かに赤色を認めることができる。右壁の鍵手文帯には四個の方柱状の突起が造り出されているが、これは副葬品を置く場所の役割を持つものと考えられており、熊本県大矢野町長砂連古墳の石障に同様の突起が見られる。
 副葬品には仿製の四獣鏡・玉類・銅鐶・刀・鉄族・土師器・須恵器などが発見されて日輪寺に保管されていたが、戦災にあって現在僅かに四獣鏡・鉄族・土師器・玉類数個が残るほか、石枕が東京国立博物館に保管されている。これらの遺物と装飾文様の構成などから、この古墳は五世紀末葉から六世紀初頭に築造されたものと考えられる。
 この古墳は安徳天皇の御陵だという伝説があるが、これは元和年間に日輪寺がこの地に移転してから附会されたものらしい。

- 現地にあった資料 -



阿蘇溶結凝灰石を使用しているし
熊本県の装飾古墳とも共通する部分もあようです。
寺院の境内に古墳
予想外の展開になってしまいました。
ちょっと興味のある古墳でした。

日輪寺
久留米市京町279
TEL 0942-33-4997


2020-02-16 19:30 : 寺院 : コメント : 14 :
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非公開コメント

No title
観音様の札所ってよく聞きますが、どうして33か所あって、しかも全国に、そして札をもらう。
と思い、検索すると全国津々浦々にあって驚きました。
埼玉にも秩父だけは知っていましたが、他にも「こんなところにもあるの?」と思うほどあり驚きました。
きっとマニアの方がいて、全国のお札集めをしているのかなって想像しました。
ネットで調べた限りでは、九州・四国・中国地域は少なく、北に行くほど多いのはどんな事情があったのか?
と、疑問を持ちました。
九州では6つの霊場。兵庫だけで単独霊場が9で、さらに複数県にまたがるのが5つありました。この差は何なんだろう?
埼玉にも単独9、複数県またがりが8つ。これも多いですね。
まあ私が見た資料がすべてを網羅しているかは分かりませんが。
古墳の石室だけが残っていたのですね。
この石室のさらに下に本当の石室があって、そこに財宝があるとすると、気づきにくいでしょうね。
2020-02-16 23:51 : わけい URL : 編集
No title
古い石仏も多いようですね。
九州には装飾古墳が多いようですが、
こちらの古墳にも装飾が見られるのですね。
2020-02-17 07:38 : ポジティブオーラ URL : 編集
No title
こんにちは

日輪寺ですか。
いい感じのところですね。
古墳もあるんですか。
2020-02-17 08:13 : トトパパ URL : 編集
身近
古墳が身近にあるのには驚きました。
2020-02-17 09:32 : のび URL : 編集
No title
わけい様
霊場巡りですね。
今も御朱印集めがブームになっているようですから
同じようなものかもしれないなと個人的には思います。
一種のレジャーも兼ねていて
御利益もあれば良いな・・・
いや逆で
ご利益をいただくついでに旅を楽しむ?
個人的見解ですので突っ込みは無しで。

この頃の宝と言ったら銅鏡や勾玉のようなものでしょうね。
そう思っていたら
実はすごい宝が眠っていたり。
結構荒らされている古墳もあるので。
2020-02-17 20:08 : tor URL : 編集
No title
ポジティブオーラ様
阿蘇溶結凝灰石を使用しているし
熊本県に多い装飾古墳ですし
関連があるのかもしれないですね。
九州王朝を想像してしまいます。
2020-02-17 20:14 : tor URL : 編集
No title
トトパパ様
お堂の下には古墳があってびっくりしました。
古墳の上に神社や寺院があるケースはあるのですが
石室まで見学できるとは思いませんでした。
2020-02-17 20:18 : tor URL : 編集
No title
のび様
こちらにお参りしながら
のび様も子供の頃は坂本繁二郎さん
同様遊ばれたのかなと思いました。
二の丸乾門が移築されていたり
古墳があったりと新幹線の通る駅のそばに
このような寺院があるとは驚きでした。
水天宮や梅林寺は有名なのでよく行くのですが。
2020-02-17 20:22 : tor URL : 編集
No title
古いお寺なんですね・・・
古墳があるなんて ちょっとやそっとの
古さじゃないですし 大和朝廷より前の
邪馬台国との関係かしらとか ロマンを
感じますね!
2020-02-17 23:36 : おとめ URL : 編集
No title
おとめ様
山門に驚いていたら
もっとすごい装飾古墳の上にお堂があって驚きました。
石室の材料や装飾などから九州王朝がおったのではと。
今年1月に
日田市の古墳から発見された鏡が
卑弥呼がもらった鏡ではないかとの新聞記事がありました。
邪馬台国はどこなのか
興味もわきますね。
2020-02-18 21:07 : tor URL : 編集
No title
日輪寺の山門、久留米城二の丸の乾門である事もさることながら、達磨象、焼き物でしょうか、なかなか風格有りますね。幼少時の坂本繁二郎氏の遊び場なんですか、沢山のお地蔵様に囲まれて育った環境、坂本繁二郎氏の作品とは結び付かないかもしれません。(やはり宗教的な影響が有るのかな・・・?)
 日輪寺古墳、しっかり石室が残っているのですね。石板で作られたものでは無くて、石を積んで作られた石室であることが珍しいような気がします。初めて見ました。
2020-02-18 22:21 : 藍上雄 URL : 編集
No title
藍上雄様
坂本繁二郎さんご存知でしたか。
私は青木繁さんの作品は知っていたのですが
二人が久留米市出身で友人だったとは知りませんでした。
坂本繁二郎さんの生家はすぐそばです。

意外な発見の多かった日輪寺でした。
2020-02-19 20:52 : tor URL : 編集
No title
山門がもと久留米城の門ですか!
どおりで重厚な門ですね。
境内に古墳まであるのですね。
なかなか見どころ満載のお寺ですね。
2020-03-05 22:45 : 家ニスタ URL : 編集
No title
家ニスタ様
コメントありがとうございます。
久留米城址には当時の建造物が残っていないので
とても貴重だと思います。
お城の門や武家屋敷の門が
お寺の門として残っているケース
他にもありますよね。
見どころのある寺院でした。
2020-03-06 21:24 : tor URL : 編集
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