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雲仙市 「雲仙山 満明寺」

雲仙温泉の歴史はここから始まった!

701年(大宝元年)僧行基が満明時を開いたときから雲仙の歴史は始まります。
当時満明寺は、比叡山、高野山とともに天下三山といわれ、1000人余りの僧が修行する仏教の聖地で、女人禁制の地となっていました。
しかし、戦乱(白雀の乱)でしだいに衰え、島原の乱では僧の中にも一揆に加わるものが出たため、島原藩主によって滅ぼされてしまいました。キリシタンの尊い命がうばわれたのもこの頃のことです。
明治時代になると全国に避暑地として知られるようになり、シーボルトやケンペルが雲仙のことをヨーロッパに紹介し、それによってぞくぞくと外国人が訪れるようになり、「はいからさんの町」と呼ばれるようになりました。昭和4年に日本八景に選ばれ雲仙は、昭和9年日本最初の国立公園に指定されました。

-温泉街案内板-


今では年間600万人が訪れる観光地となっています。
その観光地の基となったのが

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「雲仙山 満明寺」

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島原の乱により焼失した満明寺を島原藩主高力忠房が復興し
温泉山満明寺一乗院を建立。
神仏分離令により神社と分離し
一乗院は本坊を現在の雲仙市南串山町へ移転。
こちらは一乗院釈迦堂となっていたものが
真言宗御室派総本山仁和寺より雲仙山大乗院満明寺の寺号を受け
一乗院から独立し、この地に再興されたようです。

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迫力の不動明王像

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たくさんの石仏が…
裏山の小道に点々とつづいています。

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石仏を拝みながら巡ると
「雲仙八十八ヶ所巡り」ができます。
「四国八十八霊場巡り」のミニチュア版で
遠く四国まで行かずとも
こちらを巡ることで
煩悩が消え、願いがかなうといわれています。

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こちらの鐘楼横の小道からスタート

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こちらの鐘は誰でも自由に突けるそうです。
突いてから八十八ヶ所巡りをスタートしても良いかもしれませんね。

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本堂の前で見守る行基様!?

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本堂(釈迦堂)

内部には

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本尊の純金箔釈迦如来(雲仙大仏)が鎮座しています。
高さは5m。
奈良の大仏の三分の一の大きさだそうです。
明治43年から5年の歳月をかけ京都で彫刻された後
4分割され瀬戸内海を船にのせられ運ばれて来たそうです。
昭和35年に修復を行い五層にの金箔がはられています。
これは硫黄で錆びるからだそうです。
金ピカの大仏様は
螺髪が鮮やかなブルーです。
半開きの目は鋭さがありますね。

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本堂横には

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ボケ封じ長生き観音様。
そして行基像でしょうか!?
そして五輪塔は行基の墓との伝承があります。
行基は百済系の渡来氏族と末裔だと云われています。
この伝承の墓は雲仙の原生沼近くの寺の馬場近くにありましたが
数年前にこちに移動されたそうです。
行基開山の伝承の寺院は日本各地に多くあり
不思議に温泉が関係する場所に伝わっているそうです。

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今は本堂と鐘楼だけの小さな寺院です。
かっては四面宮をあわせて祀る
天下三山といわれた仏教の聖地はとても静かでした。

白雀の乱

元亀二年(1571年)のころ、古湯の僧坊に「学一丸」という稚児が居り、一羽の白雀をたいそう可愛がっていた。
ところが、別所の僧坊にいた「宝寿丸」という稚児と、「白雀を貸せ貸さぬ」という争いになり、とうとう「宝寿丸」が、誤って白雀を殺してしまった。
二人の喧嘩は僧坊同士の対立に発展し、ついには満明寺が放火される事件に発展した。
有馬の原城にいた有馬義直は三百の兵を派遣して鎮定するにいたった。
このとき、争いの原因が稚児にあるとして、有馬義直は全坊の稚児を滝に落として処分した。

-雲仙温泉観光協会HP-

 



雲仙山 満明寺
長崎県雲仙市小浜町雲仙321



2019-11-21 19:30 : 寺院 : コメント : 18 :
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非公開コメント

No title
記事の最後の方の「白雀」の話ですが、とても信じられない話ですね。
そもそも、スズメは白雀に限らず人の手によって育てるのは困難な話、ニワトリや金魚や犬を飼うようにはできないので、当時の「稚児がたいそう可愛がっていた」ということ自体があり得ない話だと思います。
仮に本当に飼っていたら、虐待と同じ行為を稚児がしていたということで、お寺に仕えるものとしてあるまじき行為です。
当時は法律など無いでしょうが、現代なら法律違反で処罰の対象ですね。
「やはり野に置け蓮華草」で、いくら可愛くてもきれいでも珍しくても手にしてはいけないという事例ですね。
雲仙が日本最初の国立公園だとは、驚きました。そういえば、昔(多分戦前かも)の記念切手の国立公園シリーズにあったと思います。高くて買えませんでしたが。もしかしたら、同時に複数の公園が指定されている可能性もありますね。
それから、私のブログのリンクのない気持玉2つは、torさんからのプレゼントだと思っていますので、いつもありがとうございます。
2019-11-21 21:07 : わけい URL : 編集
No title
torさん、こんばんは(^-^)
雲仙と言えば 高校生の時の修学旅行を思い出します。
あの頃は その街の歴史や史跡には全く興味がなくて 今思えばもったいなかったなと・・・
マンホール、わざわざありがとうございました。^^
2019-11-21 21:30 : けいちゃん URL : 編集
おとめ
こんばんは♪
雲仙というと 普賢岳がどうしても
思い出されますが 古くからある
観光地なんですねぇ♪

2019-11-21 23:18 : おとめ URL : 編集
No title
こんにちは。

雲仙山 満明寺ですか。
雲仙は年間600万人も訪れるんですね。
「白雀」、興味あります。
2019-11-22 10:08 : トトパパ URL : 編集
No title
白雀の乱の顛末が哀れですね!
1500年代と言えば安土桃山時代頃ですが、
全ての稚児を滝に落とすとは、他にも
何か理由があったかも知れないと思いました。
2019-11-22 17:20 : ポジティブオーラ URL : 編集
No title
満明寺で、「四国八十八霊場巡り」が出来るのですね。ご都合主義的ですが、便利だと思います。行基様の像良いですね。手入れされて居るのか綺麗なお姿です。金ぴかに青い螺髪割と新しい物の様ですが、迫力あります。
 白雀の乱、まぁ争いと言う物はそんな些細なことから始まる事が多いですが、この場合「宝寿丸」が悪いですね。でもそこに至る前に何とかならなかったのかな?
2019-11-22 19:01 : 藍上雄 URL : 編集
No title
わけい様
コメントありがとうございます。
白雀はアルビノなのでしょうね。
白ヘビとかも縁起が良いとか金運が良くなるとか。
白雀も珍しく縁起が良いと思われたのでしょうね。
飼ってみたくなる気持ちも分からなくはないです。
そしてそれを借りてみたい気持ちも。
実際に飼っていたかは別にして。

はい
リンクの無い気持玉2つは私の足跡です。
以前と比べて気持玉ポチの後のレスポンスが
良くないような気がします。
もっとポチしたいのですが
そういうことで2つになってます。
2019-11-22 19:41 : tor URL : 編集
No title
けいちゃん様
修学旅行雲仙だったのですか。
私も雲仙には何度も宿泊しているのですが
前々から雲仙神社は気になっていました。
(本日アップしました)
いつもは他の観光地をまわって宿泊だけでしたので
今回はゆっくりまわってみました。

私もデザインマンホール蓋好きですよ。
基本的にカラー限定ですが。
旅の記念にパチリとしています。
2019-11-22 19:45 : tor URL : 編集
No title
おとめ様
歴史ありそうですね。
近くに邪馬台国があったのではないかと主張される方も。
普賢岳の噴火の時は凄かったですよ。
多くの犠牲者が出た火砕流の日は突然空が真っ暗になり
雷が鳴って、真黒な雨が熊本市にも降りました。
真黒な雨は火山灰を含んでいました。
その時にできたのが平成新山です。
普賢岳までは登山できるようになりましたが
その前にできた平成新山は
まだガスが出ていて立入禁止ですよ。
2019-11-22 19:50 : tor URL : 編集
No title
トトパパ様
以前は長崎に住む外国人の避暑地だったそうです。
観光の形態が変化していて
最近は苦戦しているかもしれないです。
温泉に浸かってゆっくりするにはよいところだと思います。
しばらく雲仙紹介シリーズになります。
2019-11-22 19:53 : tor URL : 編集
No title
ポジティブオーラ様
僧坊間の抗争みたいなのがあっていたのでしょうね。
それが白雀がきっかけで武力抗争に。
もしくはその構想の理由付けか?
とうとう領主が武力制圧したということなのでしょうかね?
有馬義直は口之津を開港し南蛮貿易を始めた領主。
もしかしたらキリスト教とも関係があるかも!?
2019-11-22 20:02 : tor URL : 編集
No title
藍上雄様
こちらにはミニ「四国八十八霊場巡り」って多いのですよ。
たぶん憧れが強かったのでしょうね。
合理的だとは思います。
稚児の年齢がいくつなのか?
幼児位だと奪い合いをしてありそうなことのような気もします。
何かこの話には裏がありそうな気がします。
2019-11-22 20:08 : tor URL : 編集
No title
雲仙山満明寺が当時比叡山、高野山と並び天下三山と呼ばれていたとは全く知りませんでした。普賢岳はH20年に友人と夫婦同士で訪れ展望台から噴火後を眺め、埋没した家屋も見学しました。その時は小浜で泊まり島原の子守歌の像がある島原駅から電車で帰りましたが、H25年には兄弟3人夫婦で長崎の墓参の後、島原で泊まりフェリーで熊本から高千穂に向かいました。いづれの時も満明寺の事は頭に浮かばず、島原城等の観光で済ませたのは残念えした。だけど古い伽藍等はその時はもう無かったのですね。
2019-11-23 08:43 : エースの城 URL : 編集
No title
エースの城様
コメントありがとうございます。
体調はいかがですか?
私も雲仙は通過することが多く
こちらもいつも素通りだったり
他の観光地をまわって宿泊のみのことが多いです。
今回は「温泉神社」が目的でやってきました。
その際いろいろと散策してみました。
普賢岳にも何度も登りましたが
被災した島原の町も随分復興しましたね。
噴火の際は熊本市からも対岸の赤い溶岩が見えました。
2019-11-23 11:39 : tor URL : 編集
No title
こんにちは♪
雲仙て 山なんですか!
温泉好きですけど 行ったことないんですよね…

白い雀のお話
白い雀って珍しいですし 神様のお使いって
感じがしますけど 雀から乱にまで発展するなんて!
おまけに 稚児さんを滝に落として処分するなんて!
2019-11-25 12:37 : おとめ URL : 編集
No title
おとめ様
雲仙温泉は雲仙岳の中腹に位置する温泉保養地ですよ。
普賢岳が最高峰でしたが
平成になって大噴火して誕生した平成新山が今は最高峰です。
私も雲仙岳のいくつかの峰を登り
下山後はこちらで温泉を楽しんでいます。
温泉神社は前を素通り。
温泉の神様だとばかり思っていました。
すごい歴史ある神社でした。
2019-11-25 20:06 : tor URL : 編集
No title
だいぶ前に八景の事を書くついでに日本八景も調べたんですが、雲仙岳を温泉岳と呼んでいたのを知りました。。物凄い人気投票で日本一の山に選ばれているんですから、やはり雲仙は有名で当たり前なのかも^^そういえば、日本で最初の八景は博多八景なんだそうです。九州に憧れた人は昔から多いようですねえ^^
2020-02-04 23:12 : つとつと URL : 編集
No title
つとつと様
島原半島に渡ると「温泉神社」なる神社が多いので驚きます。
温泉地にも「温泉神社」と呼ばれる神社があったりしますが。
その答えが雲仙にありました。
小さな温泉地ですが
長崎に居住する西洋人の保養地として発展した
歴史のある温泉ですね。
この後の雲仙シリーズも読んでいただけれは幸いです。
2020-02-05 21:05 : tor URL : 編集
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健康のためにジョギングやウォーキングを楽しみ、山に登ったり、
美味しい物を食べたり、
神社や寺院巡りをしています。

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