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神の名の付く島に建つ

カトリック神ノ島教会神ノ島は、長崎港の玄関口にある小さな港町です。今は陸続きとなり長崎港の入口に橋が架かったことによりずいぶんと交通の便も良くなりました。その橋の名前は「女神大橋」長崎港に入港する船はこの橋の下をくぐるのですがその前に迎えてくれるのが岬のマリア像信仰の歴史を刻む神ノ島のシンボルです。「女神大橋」の名前の由来!?美しい砂浜青い海に純白のマリア像前を船が通過していきます。航海の安全を見...続きを読む
2019-10-04 21:05 : 教会 : コメント : 12 :

長崎伊王島 「馬込教会」

禁教時代天草方面から隠れキリシタンが避難してきた島に建つ!伊王島大橋がかかって交通の便が良くなった伊王島のシンボルとなっている白亜のゴシック洋式が美しいカトリック教会です。伊王島大橋を渡ってカーブを曲がると高台に見えてきます。この案内板のところに駐車場があります。橋を渡って案内板は左手、駐車場は道路沿い右側。伊王島「i+Land nagasaki」で自転車を借りて島内をサイクリングする際に立ち寄ってもよさそうで...続きを読む
2019-10-01 19:30 : 教会 : コメント : 8 :

ヨーロッパを初めてみた日本の少年達

天正遣欧少年使節像1582年(天正10年)に九州のキリシタン大名大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代としてローマへ派遣された4名の少年達がいました。この像は昭和57年に、天正遣欧少年使節がローマに派遣されてから400年を記念して建てられたものです。以前紹介のキラキラ輝く砂!ガラスの砂浜のある森園公園に建っています。少年たちは伊東マンショ(主席正使)大友宗麟の名代。宗麟の血縁。日向国主伊東義祐の孫。後...続きを読む
2019-09-26 19:25 : 教会 : コメント : 14 :

長崎市 「浦上天主堂」

禁教時代を隠れて信仰を続けた信者によって建てられた教会に悲劇が…!「1854年、日本はアメリカの強い要求により開国し、1859年には函館(はこだて)、神奈川(かながわ)、長崎(ながさき)の港が開かれた。1862年、ローマ教皇は1597年に長崎で殉教した26人を列聖し、長崎に来た宣教師たちによって1864年12月、大浦(おおうら)天主堂(正式名/日本二十六聖殉教者聖堂)が建設された。1865年3月17日、浦上(うらかみ)村の潜伏キ...続きを読む
2019-09-08 19:25 : 教会 : コメント : 10 :

長崎市 「聖フイリッポ西坂聖堂」

サグラダ・ファミリアを連想するこの建物は?日本二十六聖人殉教地(西坂公園)豊臣秀吉によるキリシタン禁止令により1597年2月5日フランシスコ会宣教師6人と日本人信徒20人が処刑された丘。キリストが十字架に架けられたゴルゴタの丘に似ていることから信者たちがここを処刑地にと願い出たらしいです。今は「二十六聖人等身大のブロンズ像がはめ込まれた記念碑と記念館が建てられています。以前訪問してウエブリブログ時...続きを読む
2019-09-05 19:40 : 教会 : コメント : 12 :
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